#5 川越製鉄所

栃木県小山市間中−−

現在は空き地になっていはいるが、数年前に『川越製鉄所』と言う名前の会社があった。

そして、あかねの実家もこの製鉄所の裏手にあった。

それなりに大きな家と大きな庭。

とんでもない望み以外は何でも叶う恵まれた環境で何不自由なく暮らしていた。

母は、数人の使用人に指示を出すだけで、後はティータイムと買い物の日々。

父は、夜遅くにならないと帰宅しないが、敷地内と言っていいほどの近い会社で毎日働き、家族に富をもたらす。

一人娘のあかねは、反抗期にもこれと言って荒れることなく、高校を卒業し、短大へ進み、その後は父の会社で働くと思っていた。








卒業を迎える年の秋、夕食の途中、父が一人娘に分かりきった質問をした。


「あかね…。
今年で学業も終わる。どこへ就職するつもりかね?」


あかねは、「ふふふ」と鼻で笑い微笑み、


「来年から、お父様。
よろしくおねがいします。」


と答え、フォークとナイフを器用に使い、口の中でとろけるように飼育された牛の肉を口に運ぶ。

目に入れても痛くない一人娘が、父を頼り、父と同じ会社で働く事に、満足気にうなづいてくれると信じていた。


「お父さんの会社はダメだ。社会を知るためにも一度、他の会社に就職しなさい。」


喜んでくれると思っていたあかねにとっては、意外な反応で少し驚きはしたが、父の言葉にも一理あると思い直し、就職活動を始めた。








そして一月後、4人いた使用人が2人になった。

二月後、父は真裏にある会社からたまにしか帰ってこなくなった。

三月後、母宛に何通もの封書が届くようになり、

あかねが筒入りの卒業証書と花束を持って晴れやかな気持ちで帰宅した玄関には、黒いサングラスの奥の眼光が鋭く光る数人の男達が出迎え、

数週間後、家族はこの町を後にした。








あかねは就職先でもある神奈川県の川崎市にワンルームを借り新生活を始める。



両親は栃木県内の小さなアパートで暮らす。



家族にとっての新たなスタートは、半年後の父の自殺と、その後すぐの母の病死で、再度壊れた。








あかねには、保険会社からそれなりの生命保険金が贈られ、両親の借金をすべて返済しても何束かの金が残った。

あかねはその金で高級外車を買った。

以前、父親が乗っていた車と同じ物。

ペーパードライバーのあかねは、その車をほとんど運転する事は無かったが、助手席に座っているだけで楽しかったあの頃を思い出し、少女へと戻る。

母が好きだったブランド物を買いあさり、本皮の匂いを母の匂いとダブらせて嗅ぎ続け、

父に似た男と付き合い、その彼氏をクリスマスツリーのようにいろいろな装飾で飾り、もっと父に近づけた。

民間の小さな会社に勤務しているにも関わらず、夜は高級レストランで食事をし、

両親が命を賭けて残した札束の表面は、「督促状」や「最終通知書」という文字に変わっていった。








現在、財布には20枚の福沢諭吉が納まっている。

違法で日本刀やピストルを隠し持つ金融機関から借りたものだが、これで足りるか?足りないか?まったく判断できない職業の一室にあかねは居た。


「えぇぇと。
免許証か保険証はお持ちですか?あと、携帯電話。」


あかねは、目の前にいる堕天使のような美しい男の前に、免許証と携帯を差し出した。


「免許証は内容を控えさせて頂きます。携帯の方はお預かりします。換わりにコチラで用意した携帯をお使いください。」


美しい男は、秘書に新しい携帯を用意させた。

目の前に置かれた携帯は、初期のゲームボーイのようにブ厚く、折りたためない上に、モニターはオレンジ色で緑色の文字が並ぶ、お宝鑑定士も喜ばないような代物。


「古いタイプですが、処理が終了した時に連絡する程度ですので…。」


富良戸運送の美しい社長はにっこりと微笑んだ。

あかねは、膣内に暖かい液体が溜まる感覚を感じたが、すぐに我に返り重要な事を聞いていない事に気が付く、


「あ…あの〜。今回の件。
依頼料とか、そういった金額の方は…?」


「あ!すいません。
一番大事な事をお話していませんでしたね。はい。え〜と。料金は、総て込み込みで1500万円になります。」


「い…1500万ですか?」




- つづく -