#3 第2Sビル付近の道路

完全な黒色の暗闇が空間を包み込んでいる。

一枚だけ真っ白な光を放つ縦横50cmの擦りガラスの下に巨大な体を小さく丸め、異様なモノで食欲を満たしている男の姿があった。

見かねた天使は完全な黒い闇のベールで男を包み、引き気味に見守っていた。


ピリリ。ピリリ。


…ピリリ。ピリリ。


闇のベールに包まれた黒い男の腰の部分から、単調な機械音が噴き出した。

始めに気が付いたのは、男の足元にこぼれた赤い液体をペチャペチャと舐め回していた「ドブ」と言う苗字の鼠たち。

自分達の行動を制されたと思った鼠たちは、一目散にもっと暗い闇の中に消えていった。


ピリリ。ピリリ。


…ピリリ。ピリリ。


「分かってますよ〜。」


黒い男は、鳴り響く携帯電話に語りかけながら、ステンレスボールに沈んだ最後の血溜まりを力士の優勝動画のように飲み干し、ゆっくりと立ち上がる。

そして、ドアノブが汚れないように手首で器用にノブを回し、暗黒の暗闇が180cmほど裂け、光が噴き出した。


「ごっつぉさん。」


毎度の事ではあるが、顔の下半分と、両手が血だらけの声の主を見た従業員は1度「ギョッ」とし、器と引き換えに濡れたオシボリを2・3枚渡す。

赤い男はオシボリを受け取り蛇口に向かうと、顔と手をザブザブと洗い始めた。


ピリリ。ピリリ。


…ピリリ。ピリリ。


「出ましょうか?」


気になった従業員が、始めと音色は変わっていないが明らかにムカついているような音を吐き出す携帯をポケットに入れたままにしている赤いツェペシュに話しかける。


「大丈夫っす。
誰からかは分かってますから。」


そう言うと、一応肌色になった手で蛇口を閉め、オシボリで顔と手を拭いながら答えた。


肌色になった男は、コートの腰の位置にあるポケットから携帯を取り出し、機械音の息の根を止め耳元へと運び、「もしもーし。」と、応対する。

そして数秒の沈黙の後、「…ごめん。血だらけだったから。」と言う。

相手が何を言ったのか?
すべてが分かるような回答に、従業員達から笑い声が上がった。


「了解。すぐ戻るよ。」


ツェペシュはそう言うと電話を切った。


「仕事ですか?」


「そうみたい。」


鏡で丁寧に顔の汚れが無いかを確認し、「じゃまた。」と言いツェペシュは、再度勝手口に消えていった。








帰宅途中の第2Sビル付近。


前方100m辺りでフヨンフヨンと歩く、アルコール入りの40過ぎのオヤジのうつろな眼が、家路を急ぐツェペシュを捕らえ、「ウッホ!いい女。」とつぶやいた。

ツェペシュも、気持ち悪い目つきには気が付いた。

そして、つぶやいた声にも…。

ツェペシュは、早歩きでオヤジの方へ接近して行く。

思考回路が麻痺しているオヤジは、イイ女が近寄ってくるのに一瞬興奮したが、酔ってて遠近法がおかしいのか?相手がデカ過ぎるのか?判断できず、汗と一緒にアルコールが染み出る感覚を感じた。

目の前に、大きな壁が立っている。

摂取量の50%は汗で吐き出したオヤジは、限界まで短い首を伸ばし天を見上げる。

そうしないと、大きな『ぬりかべ』の上に乗っている美しい顔が見えないから…。


「お…お嬢さんは、モデルさんか何かかな?」


街の明かりがオヤジの顔の油に反射してギラリと光る。

ミシェル・ウィーでも180cmだから、2m越えのモデルもいない事はないが、ツェペシュは美しく微笑み、油でコーティングされたオヤジの顔に美しい顔を近付け、


「ぶは〜。
残念ながら男っす。」


顔面に降りかかる死肉と血液の強烈な臭いがオヤジを包み、花の香りがする夢見心地の淡い気持ちは完全に爆破されてしまった。

ツェペシュは、現実に引き戻され道路脇でゲーゲー吐き散らかすオヤジの肩をポンとたたき、また事務所方面へ歩き出した。




- つづく -