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新宿歌舞伎町。 区役所通りを大久保方面に歩くと、右手にメトロビルがそびえ建つ。 そのメトロビルから脇へと入り少し進むと、高級和牛の焼肉専門店「杉原屋」が店を構えている。 給料日後の金に余裕のあるサラリーマンでも、財布との葛藤の末、上司の威厳や父親の威厳と言う旗を無理やり掲げ、店内へ突撃する。 そんな店である。 この店舗のまた少し脇に目をやると、湿気に包まれたウイルス持ちのネズミが大腕を振って徘徊するような細い路地があり、 気持ち悪さに包まれながらなんとか進むと、杉原屋の勝手口が現れる。 バイトが煙草を一服するだけに使用されるだけの勝手口はほとんどの時間閉じられ、そこから訪れる訪問者はまずいない。 …ただひとりを除いては。 午前4時−。 「杉原屋」は、ほんの10分ほど前に1日の営業が終わり、厨房では従業員総動員で後片付けが行われていた。 コンコン…。 勝手口が軽い感じで、後片付け中の従業員に語りかける。 何人かがその音に気が付き、一番若手の新米料理人が、エプロンで手に付いた泡と水気を拭き取りながら、勝手口の鍵を開けた。 「お疲れ様っす。」 明らかに、勝手口から入るためにはどこかがドアの枠にぶつかりそうな細い長身の男が、軽い感じで新米料理人に挨拶をした。 「ツェペシュさん。 お疲れ様です。…支配人ですね?少々お待ちください。」 そう言うと新米料理人は、支配人を呼びに奥へと消える。 いつもの事なのでテンポが良い。 「どうですか最近、儲かってますか?」 カチャカチャと泡にまみれ汚れを吐き出す皿を洗いながら別の中堅所の料理人が、ツェペシュに声をかけた。 「ま、ぼちぼちですね。」 背を丸くして厨房内を覗き込むツェペシュは、国民的美女顔負けの微笑でそう答える。 「ツェペシュさんの事務所は、1発の利益がデカいですからね。」 ノーマルな料理人は、脳の中で「ダメだ…違う。ダメだ…違う。」と言い聞かせ、なんとか返事を搾り出した。 ツェペシュはその料理人のピンク色に染まる顔に気付き、一生懸命笑いをこらえる。 「ツェペシュ…。 ウチの若いもんを変な道に進ませるなよ。」 奥から、限りなく球体に近い小奇麗な初老の男が、さきほどの新米料理人とともに現れた。 「変な道なんて教えれませんよ。僕もノーマルだし。」 そう答え微笑むツェペシュに、球体の男は背筋と股間にゾクっと感を感じながらも気を取り直し、新米料理人にいつもの物を持ってくるように指示を出す。 「たまには表からメシ食いに来いよ。」 「支配人…。 店に迷惑かけないように僕も気を使っているんですよ。」 「…たしかに、 君の顔は上品なのに、なぜあんな下品な食べ方するかな〜。」 「Σほっといてくださいよ。」 プッっと膨れるツェペシュの顔を見て、Sっ気のある球体の支配人は、ニヤニヤと笑った。 「支配人。 お持ちしました。」 支配人が振り向くと、新米料理人は小さめのステンレス製のボールに、真っ赤なヒタヒタと揺らいでいる肉塊を持って現れた。 「料理長。 時価はいくらになるかね?」 奥で仕込みの作業をしている真っ白な髭を蓄えた偉い感丸出しの料理長は、顔を向ける事無く、 「キロ1万円と言うところですかね。」 と答えた。 支配人は、新米から、なみなみと注がれた赤いボールを受け取り、ツェペシュに「高いかね?」と聞く。 「背に腹は変えられませんから。」 ツェペシュはそう言うと、財布から1万円を取り出し、ソレと引き換えに、血だらけのボールを受け取った。 「…しかし毎回毎回、洗ってもいない「牛ハツ」を生で1キロ。…よく食えるな。」 「これしか、食べれるものが無いんで…。」 そう言うとツェペシュは、軽く勝手口を閉じ、湿気に包まれた路地裏にしゃがみこみ、右手をズブリと肉塊に差し込むと、原型の定まらない生の血の滴る心臓を口に運びズルズルと音を立て吸い込んでいった。 ![]() |